アイデア勝負であるので、臨床業務で生じた疑問を研究テーマにして探究することで、新知見を得ると同時に診療へのフィードバックが出来る。現在は電子カルテや自動麻酔記録が普及し、蓄積された膨大なデータの後方視的解析は、臨床の合間に無理なくできる臨床研究である。(8)日本麻酔科学会としての対応 現在、JSA学術委員会内に学術研究推進ワーキンググループが立ち上がり、研究力向上のための方略が話し合われており、期待したい。研究方法に詳しくない若手麻酔科医に、研究手法、統計手法、論文の書き方等に関する講習会、女性麻酔科医の研究への誘いプロジェクト等の立ち上げにより、研究指導者が少ない大学の若手麻酔科医の研究への興味を失わせない努力や女性麻酔科医の研究参加を促すことが研究力再興には必要である。1.日本の論文不正の現状 研究不正に伴う論文撤回のTop 10に日本人が5人も入っていることを、Science誌は日本を代表する絵画である葛飾北斎の「富嶽三十六景 神奈川沖浪裏」をもじって 「Tide of Lie」 つまり「嘘の大波」と題して取上げた[7]。日本の研究不正への世界的批判と言える。日本人5人の内、麻酔科医が3名であったため、JSAに厳しい目が向けられている。論文撤回は全てが不正によるものではないが、Nairら[8]の報告では、1986-2017年の30年間で出版された麻酔科学論文3312編の内で論文撤回された350編を調べたところ、データの不正操作(捏造、改竄等)が49.4%、倫理委員会の承認なしが28.0%、剽窃が5.7%、二重投稿・研究結果の一部重複・オーサーシップの問題等出版に関する不正が5.6%あり、合わせると約90%が不正であった。日本は研究不正大国かというと、国別撤回論文数のTop 10には入っていないので、国全体として不正が多いわけではない[9]。しかしTop 10 に、イラン、シンガポール、インド、マレーシア、中国、韓国とアジア諸国が6ヵ国も入っており、アジアの一員としては残念である。また、研究の再現性の問題もある。Natureの報告[10]では、1,576名の研究者にオンラインアンケートを行い、70%以上(医学では68%)の研究者が他人の研究結果を再現出来なかったと回答した。この中に多くの不正があると思われ、不正は日本だけの問題ではない。2.研究不正対策 研究不正を100%防げる対策はない。ただ、ある程度防ぐことは可能であり、そのための対策を述べる。(1)倫理講習 現在倫理講習は、文科省のeラーニングコース (eLCoRE) をはじめ、日本専門医機構専門医の取得や維持等、多くの場面で義務化されている。日本集中治療医学会や日本ペインクリニック学会等の一般演題登録の際にも、一般財団法人公正研究推進協会提供のeラーニング (eAPRIN) の受講が必須となっている。有効な手段ではあるが、倫理講習受講だけでは昭和大学事件は防げなかった。(2)データ共有と意見が言い合える環境づくり 個々の研究者が、実験ノート(電子ファイルを含む)に実験経過並びに結果を常につける習慣をつけ、データの一括管理を講座が行う。そして、研究チームのメンバー間でデータをシェアできる環境を作ることで、データの改竄や捏造の機会を減らす。(3)定期研究報告会の実施 定期的な研究報告会も、研究経過並びに結果を皆で論じ検証する場となり、不適切な行為の発見がしやすくなる。(4)研究不正監視 既にJSAでは開設しているが、不正告発窓口(匿名)は必要で、うまく機能すれば不正に対する早期対応が可能となる。学術Ⅱ.論文不正と対策95
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