日本麻酔科学会 70周年記念誌
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い込まれました。 大学法人化に追い打ちをかけるように、新臨床研修制度が始まりました。医師国家試験が終了後、2年間の臨床研修を義務付けられたことで、毎年、新しく誕生していた医師約9,000人が研修医として追いやられ、2年間で実質18,000人の医師が事実上消えたことになりました。2年間、医師が誕生しなかったことで、この間、入局する医師は無く、もともと医師不足であった麻酔科は、特に大きな影響を受けました。多くの大学は医局崩壊の危機にさらされ、大学で働く麻酔科医を確保するために、地域に派遣する医師を止め、研究室を縮小し、留学を止め、教室の維持に大変な苦労の時代でした。 この新制度を開始した厚生労働省も予想していなかった事態は、すべての診療科で影響を受け、地域に赴任する医師は無く、地域医療が崩壊しました。この時期、私は大学病院長で、全国大学医学部長・病院長会議において、厚労省の責任者が、この制度は大きな誤りであったと、皆の前で謝り、5年後の制度改正で改善を図るとのメッセージを聞きました。この制度の最大の被害者は研修医でもなく、崩壊した大学医局でもなく、良き医療を享受するべく国民でした。現在、医療秩序は相当に戻ってきましたが、今でもこの制度から得たものは小さく、失うものは大変大きなものであったと思います。 2001年に日本麻酔科学会は、法人化を果たしましたが、2008年には公益法人制度改革関連三法が成立し、法人は、届け出だけで認可を必要としない一般社団法人と、主務官庁の許可と認可が必要な公益社団法人とに分けられ、日本麻酔科学会もその選択を迫られました。法人化を果たしてから10年後の2011年、日本麻酔科学会は、迷うことなく公益社団法人を選択し、新たな定款をもって、基幹診療科学会として最初の公益社団法人日本麻酔科学会が成立しました。 麻酔科学会の公益法人化は、学術団体としての権威を高め、会員の全てが求めた方向性でしたが、残念ながら、学会活動を制約するものでもありました。そもそも公益事業とは、学術、技芸、慈善、文化などの活動であり、その活動が社会全体に対して利益が開かれていること、その受益の機会が限定されずに広く一般に開かれていることが必要です。公益法人のメリットは、社会的な権威、信用力が高まること、税制面で優遇されることですが、そのかわりに、行政官庁の監視下に置かれ、事業活動の自由が失われ、活動に制限が生ずるデメリットも存在します。法人法において、日本麻酔科学会の公益事業は、日本国民の為に存在し、麻酔科医の為ではありません。特定の麻酔科医が利益を得ること、日本国民以外に利益を供与することは制限され、国際活動、支部活動などに大きな制限が生ずることになりました。公益社団法人を選択した時の麻酔科学会理事長として、正しい選択であったのかと自問しています。基幹診療科学会の内、日本内科学会や日本外科学会など主な学会の約半数は、一般社団法人を選択しました。 公益法人化を果たした以後の麻酔科学会を取り巻く環境は、大変厳しいものでありました。学会会員は、順調に増加し、日本有数の学会までに成長しましたが、残念ながら、日本の医療現場において麻酔科医が足りていた事は70年の歴史において一度たりともありません。2020年には、会員数14,000人を超え、人口10万人当たりの麻酔科専門医数は7.6人、米国は12.4人 (2023年、日本麻酔科・日本麻酔科学会の公益社団法人化 (2004-2011年)・公益社団法人化後の麻酔科医を取り巻く環境 (2011-2021年)24

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