日本麻酔科学会 70周年記念誌
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されている。麻酔関連死の死亡例増加には、消毒法の導入による術後感染予防などによる手術の普 痛みのない手術は人類にとって福音であった。華岡青州が1804年10月13日に麻沸散(通仙散)を用いた全身麻酔下に乳癌の摘出術が、世界で最初の全身麻酔とされている[1]。また、米国においては、マサチューセッツ総合病院 (MGH) においてMortonが1846年10月16日にエーテルを用いた全身麻酔を行い、頚部血管腫摘出術の公開手術に成功した。1846年11月18日には、BigelowがMortonによるエーテル麻酔の成功についてBoston Medical and Surgical Journalに報告し、このニュースは瞬く間に世界中に広がった[2]。英国では1846年12月にエーテル麻酔下に抜歯術、ロンドン大学附属病院でListonにより足切断術と抜爪術が施行された[3]。日本においても、1850年に杉田成卿がエーテル麻酔について紹介している[4]。英国では1847年には、Simpsonによりクロロホルム麻酔が行われ、クロロホルム麻酔もヨーロッパに広がった。クロロホルムは米国では1848年に市販され、広く実施されるようになった。 これほど急速に全身麻酔が世界に広がったのは、痛みのない手術が人々に求められ、術野の不動などの優れた手術環境が外科医に求められていたからであろう。 全身麻酔は患者の呼吸・循環抑制など防御能力を抑制するため、一歩誤れば患者に重大な障害を与え得る。1848年1月にはクロロホルム麻酔中に15歳の健康な女性の死亡事故が起きた[5]。Lymanは、クロロホルム麻酔に関係する393例の死亡例について報告している[6]。吸入中の死亡が19例、完全な麻酔が成立するまでに死亡が99例、麻酔中の死亡が70例、術後死亡が35例であったと報告している[7]。クロロホルム麻酔による死亡確率は約3,000例に1例であったと推測される。 麻酔死とされるものは年々増加し、1846年以降100年間における麻酔死は24,378例にのぼると報告及や術式の広がりなど麻酔症例数の増加が大きく関係している。麻酔との因果関係は明確ではないにしろ、多くの人が麻酔に関係して死亡したと考えられる。東京都立病院機構都立東部地域病院 病院長順天堂大学名誉教授記念講演70周年特別企画講演70周年特別企画講演第1部 麻酔は人類にとって福音であった創成期における麻酔死亡事故:全身麻酔の代償31稲 田 英 一周術期管理の安全文化醸成の 歴史と未来

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