日本麻酔科学会 70周年記念誌
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2.松下幸之助のエピソード「一点の曇りもないか」自分が正しい、時代ではない; これでよいだろうか?  何かまちがっていない?3.謙虚なリーダーシップ 謙虚なリーダーシップ〜「自分は正しい」という前提に固執しない 競争の激しい現代社会では、自らの正しさを競い合うような場面が日常生活の至る所で見受けられる。しかし、正しさだけを主張していても、他者は思うように動かない。時には、一歩引いて相手の主張を受け入れる度量の大きさが必要になる。自分の意見を押し通すだけではなく、相手の意見にも真摯に耳を傾け、過ちがあれば素直に謝る謙虚さがリーダーには求められる。 多くの人は自分の考えや行動は正しいという前提に立って生きているが、この前提はやっかいである。「自分は正しい」という思い込みは、自分と異なる見方や意見、今まで知らなかった知識や情報を排除する行動へと人を駆り立てる。 また、他者との関係においても、自分の正しさを証明しようと思うあまり、自分に権力がある場合、相手を打ち負かすような言動に陥りやすくなる。 米国の経営学者ハル・グレガーセンは、「わたしたちは、自分たちの正しさを疑うことなく、毎日を送っている。ときとともに歴史的な事実が積み重なれば、自分たちが心底から信じていることが大まちがいである可能性があることに、もっと思いを致してよさそうなものだが、そうはなっていない」と述べている。さらに、本質を見抜くような深い洞察力をもった人たちに共通しているのは「ふだんから自分のまちがいに気づこうと意識的に努力していること」だと主張している。 ここでエピソードを紹介する。 21世紀のリーダーを育てるために、松下幸之助が1979年に設立した「松下政経塾」での出来事である。松下政経塾では、社会を知る一環として松下電器(現・パナソニック)の販売店での実習を塾生に課していた。ところが、ある塾生が実習先の販売店の店主と喧嘩をし、無断で実習をボイコットするという事件があった。報告を受けた幸之助は、その塾生に対して「なぜ、そうなったんや」と問うたうえで、その塾生の主張を「そうか、そうか」と静かに聴いていた。そして、塾生の話を最後まで聴き終えた幸之助は、新たな問いを投げかけた。「 でもな、君の主張が100パーセント正しいと、わしに言えるか、100パーセントやで。一点の曇りもなく正しいと言い切れるか。君に問題はなかったのか」「自分に非がないわけじゃありません」「そうか。良いことに気がついたな」 そう言い終えるや否や、85歳の幸之助は突然、青筋をたて机を叩きながら、ものすごい剣幕で塾生を叱責した。「 自分に非があれば(10のうち2でも3でも非があると認めれば)、5歳の幼児にでも土下座して謝れるようでないとあかん! 謝れるような器量がないと天下は取れん。ここは、そういう人間を育「自分は正しい」というやっかいな前提松下幸之助のエピソード「一点の曇りもないか」36

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