日本麻酔科学会について

理事長就任挨拶

2023年5月31日より公益社団法人 日本麻酔科学会の理事長を拝命致しました。二期目となります。

本学会の前身である日本麻酔学会は1954年に創立され,2011年に公益社団法人 日本麻酔科学会に認定され,早12年が経過しました。

公益社団法人の責務は,国民の皆さまがどの地域にお住まいになっていても質の高い麻酔関連医療を安全に円滑に提供することにあります。 そのため私たちは専門医制度をどの学会よりも早く1963年に立ち上げ,厳しい認定試験を課してきました。 本邦では医師は自由標榜医制度といいまして,自身の知識と技術に従って自由に診療科を標榜できるとされています。 しかし,麻酔科だけは麻酔科標榜医という厚生労働省による資格認定があってはじめて名乗れる診療科となっています。 そのため,病院の標榜看板には麻酔科と記載する場合,誰が代表して標榜科を申請しているか医師の氏名を記載する義務があります。 ご自身が通われている病院の案内板にそのことが書かれていれば,きちんと麻酔科の研修をした医師が麻酔を行っていることを意味します。 近年は,本学会への年間新入会員数も500名前後となり,会員総数は13,000人を超えるほどの大きな学会に成長しました。

さて,私たち麻酔科医は,名前の通り手術を必要とする患者さんの麻酔管理を中心に行ってきました。 ですが,その活動範囲は術前の患者さんの評価や術前管理の調整,さらに術後の痛みの管理など私たちの活動範囲は手術室内に限りません。 また,手術中の気道管理や循環管理,さらに出血に対応する能力や術後鎮痛の技術は,複数のサブスペシャルティ領域での活動にも広がっています。 具体的には,救急医療や集中治療などにおける患者さんの全身管理や,急性痛,慢性痛, そしてがん性疼痛などのペインクリニック領域や緩和医療における鎮痛療法,さらにニーズの高まりから無痛分娩など産科麻酔での活動に広がっています。 このような分野でも高度の医療を提供できるよう,学会としては多くの研修や学修の機会を学会員に提供しています。 ここ数年の新型コロナ感染症に関しても,多くの麻酔科医がその技術と知識を活かして,第一線で活躍しておりました。

一方,このような多様な働き方があるため,国民や他の医療者にとって,私たちの活動が見えづらい意見も頂戴しております。 専門としての質の担保と倫理の向上,再教育も含めて常に検討して対応しておりますが, このような多様な仕事の加重が一部の麻酔科医に集中している現状もあります。 この点は監督省庁とも協議しながら,国民へ向けた広報活動も継続して行っていきたいと思っております。

最後に,日本麻酔科学会が誇りに感じていることを二つあげさせていただきます。 一つは,1804年(文化元年,江戸時代)に和歌山の華岡青洲先生が世界で初めて全身麻酔を行ったことです。 世界的には英文の報告が国際的に認められるため,モートン歯科医がエーテル麻酔に成功した1846年が世界で最初の全身麻酔として認識されていると思いますが, なんとその40年以上も前に華岡先生は曼陀羅華(まんだらげ,別名:チョウセンアサガオ)を主成分とする全身麻酔薬を開発し麻酔,手術を成功させていたのです。 このことにちなみ,本学会のロゴマークにはチョウセンアサガオが用いられています。次に誇るべきこととして, 本学会は神戸事務局の隣に,世界で唯一の麻酔に特化した麻酔博物館を設置しています。 麻酔科関連医療について今日の医療が確立されるまでの歴史的展示物を公開しています。 2011年に開館した本館は2021年7月にリニューアルオープンしております。 意識のない中で行われる手術麻酔はどのように進化・発展してきたのかを理解する上で非常にわかりやすく展示してございます。 是非一度,足を運んでみてください。

2024年,日本麻酔科学会は設立70周年を迎えます。本邦における麻酔科学の進歩について記録として残すとともに,アメリカ麻酔科学会と共同して, 世界初の“麻酔の安全を追求する国際シンポジウム”を世界で初めて企画します。 国民の皆さまのために質の高い医療を会員に教育し,国民の皆さまに提供することが,公益社団法人 日本麻酔科学会の使命であると感じています。 本学会の活動に皆さまのご理解,ご協力,さらにご意見をお願いし,理事長就任の挨拶とさせていただきます。

2023 年 6 月
公益社団法人 日本麻酔科学会 理事長
山蔭 道明

理念

公益社団法人日本麻酔科学会は、周術期の患者の生体管理を中心としながら、救急医療や集中医療における生体管理、 種々の疾病および手術を起因とする疼痛・緩和医療などの領域において、患者の命を守り、安全で快適な医療を提供することを目的とする。

公益社団法人日本麻酔科学会は以下の事項を通じてこれを達成する。

1.質の高い麻酔科医の育成
2.先端的研究の推進と新たな医療技術の創成
3.正しい知識の啓発と普及
4.他領域と協同する医療
5.国際的医療への寄与

概要

日本における麻酔科学は、戦後、麻酔科学の本場であるアメリカに視察留学に行った日本の複数の外科医が、 外科手術といわゆる生体管理学である麻酔との完全分業による驚異的な手術成功率の実現への感銘と、 日本のかけ離れた現状に危機感をおぼえたことから急速に発展・普及した。

そして1954 年 10 月 22 日、東京大学医学部麻酔学教室を中心に、 現在の公益社団法人日本麻酔科学会の前身である日本麻酔学会が、麻酔科学に関する研究調査をすすめながら、 国内外の関連学会と連携協力をして麻酔科学の進歩普及を図り、わが国の学術文化の発展に寄与することを目的に設立された。

麻酔科学は、人間が生存し続けるために必要な呼吸器、循環器等の諸条件を整え、 生体の侵襲行為である手術が可能なように管理する生体管理医学である。 したがって、手術の進歩と麻酔科学の進歩とは不可分の関係にある。
昭和 20 年代中頃までは麻酔科学が十分発達していなかったため、当然のことながら手術中の患者管理が極めて拙劣で、 "手術は成功したが患者の体力が持たなかったのが残念だ"という事態がしばしば起こった。 しかし近年は、"手術死"の言葉が殆ど聴かれなくなった。 これは麻酔固有の専門的研究の進歩のみならず、呼吸・循環・体液・代謝等の分野の研究と歩調を合わせて発展した 麻酔管理(生体管理)学と麻酔科専門医による患者管理技術が急速に進歩したからである。

本国は、麻酔科学の進歩と麻酔科専門医の育成が課題であることを認識し、 1960 年 3 月「麻酔科の標榜と許可について」という厚生省医務局長通達を出した。
麻酔科を標榜するために以下の要件を定め、厚生省のもとにある審査会の許可を得た者のみが麻酔科を掲げ、 麻酔科医を名乗ることができることとした。

1.麻酔指導医のもとで2年間以上麻酔に専従した者
2.全身麻酔を2年以上にわたって300例以上実施した者(施設の長の承認が必要)
3.外国において1と同等の教育を受けた者

これは、麻酔科(医)が(他科が各医師の判断で診療科名を掲げることができるのと比較して)極めて専門性が強く、 責任の重い独自性のある分野であることを考慮した処置である。

当学会は、長年にわたって学術集会の開催を行い、英字編集の「Journal of Anesthesia」および 「JA Clinical Reports」を機関紙として、「麻酔」(月1回)を準機関誌として、 国内外に研究成果を発表し、その普及に努めてきた。

また、世界麻酔学会(WCA)には毎回多くの会員が参加している。 更にはアジア・オーストラレーシアン麻酔学会(AACA)や東アジア麻酔学会(EACA)の開催、講師派遣、 国際協力事業団を通じてアジア・オセアニア等の地域への麻酔科医の派遣を行ってきた。

1997年から麻酔科学のためのみならず、広く社会に貢献した者(会員とは限らない)に対し学会賞(社会賞)を付与し、 麻酔科学の社会貢献の促進に努め、日本医学会をはじめとする多くの関連団体に麻酔科学の専門家集団として加盟しており、 医療に関する様々な事業について協力・連携を深めている。

2001 年 6 月 20 日に社団法人格を取得した後は、従来から実施してきた様々な学会活動や認定医制度を更に充実させ、 支部学術集会・研修会の開催や、国際的活動・交流の発展、関連学会との交流による学問的な向上、 および社会的公益活動を行ってきた。

2011 年 4 月 1 日から公益社団法人に移行したことに伴い、 公益に貢献するシンクタンクとして周術期の患者の生体管理を中心としながら、患者の命を守り、 安全で快適な医療を提供することを一段と強化した。2007年より周術期診療の質の向上を目指し、 『周術期管理チーム』を提唱してきた。『周術期管理チーム』を実現するために、日本手術看護学会、日本病院薬剤師会、 そして日本臨床工学技士会と協働で検討を重ね、周術期医療を支える専属のスタッフを養成するために、 2014 年より『周術期管理チーム看護師』の認定を開始し、2016年からは『周術期管理チーム薬剤師』、 2017年からは『周術期管理チーム臨床工学技士』の認定を開始した。

麻酔科は日本専門医機構の基本診療科の一つである。当学会は1963年から専門医としての麻酔指導医制度を開始し、 学会による専門資格の認定を行ってきた。2018年度からの日本専門医機構による専門研修プログラム開始に先んじて、 2015年度から当学会によるプログラム研修を開始し、一段と充実した専門研修を行い、 患者から信頼される麻酔を提供できる専門医の育成に努めている。