日本麻酔科学会について

理事長就任挨拶

公益社団法人日本麻酔科学会 会員の皆さまへ

このたび2025〜26年度の理事長を拝命いたしました。前身である日本麻酔学会の創設から数えて70年を超える歴史を持ち、14,000人を超える会員を擁する本学会の運営に携わることとなり、その責任の大きさをあらためて実感しております。
まず、日々厳しい医療現場で麻酔科医としてご尽力くださっている会員の皆さまに、心より敬意と感謝を申し上げます。皆さまの高度な技術と冷静な判断力が、日本の周術期医療を確かに支えていることは、誰もが認めるところです。
私自身、1993年の大学卒業以来、手術麻酔を中心とした臨床に携わってまいりました。麻酔科医は、リスク予測力、危機対応力、有害事象への即応性といった、医療安全の中核を担う力を備えた専門職です。これらの力は、手術麻酔にとどまらず、集中治療、ペイン、緩和ケアなどの分野においても不可欠であり、社会からの期待も今後ますます高まっていくものと感じています。
一方で、私たちを取り巻く医療環境は、高齢化や地域偏在、医師の働き方改革、人手不足、タスクシェアなど、大きな変化と課題に直面しています。こうした現実を深く受け止め、学会として可能な制度的支援や環境整備に、地道に取り組んでいく所存です。
麻酔科医が専門性を存分に発揮し、適切な労働環境のもとで「必要とされ、感謝される存在」として働けること。それは医療現場で働く皆さまの喜びにつながるだけでなく、次世代の育成につながり、ひいては国民の健康と安心にも直結していきます。特に若手や専攻医の皆さんが、自らの将来に希望と誇りを持てるような環境づくりを、あきらめずに進めてまいります。
私は今、「麻酔科医が、日本の急性期医療の安全に責任を持つ存在でありたい」という強い思いを抱いています。その実現に向けて、皆さまの活動を支え、成長の機会を広げ、変化にしなやかに対応できる学会を目指してまいります。行政や関連学会とも緊密に連携して取り組んでまいります。
どうか、皆さまの診療がすでに大きな社会的価値を生んでいることに、あらためて自信をお持ちください。そして、その背中を後進や他職種の医療者に見せていただければ幸いです。建設的なご意見やご提案も、どうぞ遠慮なくお寄せください。
2025年度からの日本麻酔科学会理事会に、変わらぬご支援を賜りますようお願い申し上げます。

2025 年 6 月
公益社団法人 日本麻酔科学会 理事長
内田 寛治

理念

公益社団法人日本麻酔科学会は、周術期の患者の生体管理を中心としながら、救急医療や集中医療における生体管理、 種々の疾病および手術を起因とする疼痛・緩和医療などの領域において、患者の命を守り、安全で快適な医療を提供することを目的とする。

公益社団法人日本麻酔科学会は以下の事項を通じてこれを達成する。

1.質の高い麻酔科医の育成
2.先端的研究の推進と新たな医療技術の創成
3.正しい知識の啓発と普及
4.他領域と協同する医療
5.国際的医療への寄与

概要

日本における麻酔科学は、戦後、麻酔科学の本場であるアメリカに視察留学に行った日本の複数の外科医が、 外科手術といわゆる生体管理学である麻酔との完全分業による驚異的な手術成功率の実現への感銘と、 日本のかけ離れた現状に危機感をおぼえたことから急速に発展・普及した。

そして1954 年 10 月 22 日、東京大学医学部麻酔学教室を中心に、 現在の公益社団法人日本麻酔科学会の前身である日本麻酔学会が、麻酔科学に関する研究調査をすすめながら、 国内外の関連学会と連携協力をして麻酔科学の進歩普及を図り、わが国の学術文化の発展に寄与することを目的に設立された。

麻酔科学は、人間が生存し続けるために必要な呼吸器、循環器等の諸条件を整え、 生体の侵襲行為である手術が可能なように管理する生体管理医学である。 したがって、手術の進歩と麻酔科学の進歩とは不可分の関係にある。
昭和 20 年代中頃までは麻酔科学が十分発達していなかったため、当然のことながら手術中の患者管理が極めて拙劣で、 "手術は成功したが患者の体力が持たなかったのが残念だ"という事態がしばしば起こった。 しかし近年は、"手術死"の言葉が殆ど聴かれなくなった。 これは麻酔固有の専門的研究の進歩のみならず、呼吸・循環・体液・代謝等の分野の研究と歩調を合わせて発展した 麻酔管理(生体管理)学と麻酔科専門医による患者管理技術が急速に進歩したからである。

本国は、麻酔科学の進歩と麻酔科専門医の育成が課題であることを認識し、 1960 年 3 月「麻酔科の標榜と許可について」という厚生省医務局長通達を出した。
麻酔科を標榜するために以下の要件を定め、厚生省のもとにある審査会の許可を得た者のみが麻酔科を掲げ、 麻酔科医を名乗ることができることとした。

1.麻酔指導医のもとで2年間以上麻酔に専従した者
2.全身麻酔を2年以上にわたって300例以上実施した者(施設の長の承認が必要)
3.外国において1と同等の教育を受けた者

これは、麻酔科(医)が(他科が各医師の判断で診療科名を掲げることができるのと比較して)極めて専門性が強く、 責任の重い独自性のある分野であることを考慮した処置である。

当学会は、長年にわたって学術集会の開催を行い、英字編集の「Journal of Anesthesia」および 「JA Clinical Reports」を機関紙として、「麻酔」(月1回)を準機関誌として、 国内外に研究成果を発表し、その普及に努めてきた。

また、世界麻酔学会(WCA)には毎回多くの会員が参加している。 更にはアジア・オーストラレーシアン麻酔学会(AACA)や東アジア麻酔学会(EACA)の開催、講師派遣、 国際協力事業団を通じてアジア・オセアニア等の地域への麻酔科医の派遣を行ってきた。

1997年から麻酔科学のためのみならず、広く社会に貢献した者(会員とは限らない)に対し学会賞(社会賞)を付与し、 麻酔科学の社会貢献の促進に努め、日本医学会をはじめとする多くの関連団体に麻酔科学の専門家集団として加盟しており、 医療に関する様々な事業について協力・連携を深めている。

2001 年 6 月 20 日に社団法人格を取得した後は、従来から実施してきた様々な学会活動や認定医制度を更に充実させ、 支部学術集会・研修会の開催や、国際的活動・交流の発展、関連学会との交流による学問的な向上、 および社会的公益活動を行ってきた。

2011 年 4 月 1 日から公益社団法人に移行したことに伴い、 公益に貢献するシンクタンクとして周術期の患者の生体管理を中心としながら、患者の命を守り、 安全で快適な医療を提供することを一段と強化した。2007年より周術期診療の質の向上を目指し、 『周術期管理チーム』を提唱してきた。『周術期管理チーム』を実現するために、日本手術看護学会、日本病院薬剤師会、 そして日本臨床工学技士会と協働で検討を重ね、周術期医療を支える専属のスタッフを養成するために、 2014 年より『周術期管理チーム看護師』の認定を開始し、2016年からは『周術期管理チーム薬剤師』、 2017年からは『周術期管理チーム臨床工学技士』の認定を開始した。

麻酔科は日本専門医機構の基本診療科の一つである。当学会は1963年から専門医としての麻酔指導医制度を開始し、 学会による専門資格の認定を行ってきた。2018年度からの日本専門医機構による専門研修プログラム開始に先んじて、 2015年度から当学会によるプログラム研修を開始し、一段と充実した専門研修を行い、 患者から信頼される麻酔を提供できる専門医の育成に努めている。